| 藤野天光プロフィール |
| 藤野天光(ふじのてんこう) 彫刻家1903〜1974 本名は隆秋・はじめ舜正と号し、のち天光と改める。 1903年(明治36年)、館林町裏宿(現館林市城町)に生まれる。1928年(昭和3年)東京美術学校(現在の東京芸術大学)塑造部を卒業し、北村西望に師事した。早くから頭角を現し、第10回帝展に「ときのながれ」で初入選、男性の力強さをモチーフとした「鉄工」を文展鑑査展に出品して推奨を受け、第2回新文展では「銃後工場の護り」が推薦(現特選)に選ばれた。この作品はニューヨークで開かれた万国博覧会に出品され、注目を集めた。また、1941年(昭和16年)には、小室翠雲らと群馬美術協会を発足させた。 戦後になると、平和国家の建設には<文化>が第一と提唱し、文化運動の火の手をあげた。制作活動も活発で、日展に出品の「ああ青春」が文部大臣賞、「光は大空より」で日本芸術院賞を受賞し、その間、北村西望作の長崎の「平和祈念像」の制作筆頭助手をつとめるなど、数多く作品を残している。日展審査員や理事をつとめる一方、千葉県文化財専門委員として、文化財の保護にも積極的だった。 そのほか、日本彫刻家連盟、千葉県美術会などの結成と運営にあたるなどしたが、1974年(昭和49年)12月30日市川市のアトリエで急逝した。のちに勲三等瑞宝章を贈られた。 |
| ■略歴 1903 群馬県邑楽郡館林町裏宿(現館林市城町)で、9月27日に生まれる 1916 館林尋常高等小学校(現第一小)を卒業。木彫家の後藤良に師事 1928 東京美術学校塑造部(現東京芸術大学)卒業、北村西望に師事 1929 第10回帝展に「ときのながれ」で初入選 1936 文展監査展「鉄工」で推奨 1938 第2回新文展「銃後工場の護り」で推薦(現特選) 1941 小室翠雲らと群馬美術協会を発足 1942 全日本青年彫刻家連盟創立、委員長 1947 日本彫刻家連盟設立に参加 1948 千葉県美術会を結成、常任理事 1949 日展審査員(以降6回つとめる) 1952 千葉県文化財専門委員を委嘱され、議長をつとめる 1953 北村西望の長崎「平和祈念像」の制作筆頭助手をつとめる 1958 日展評議員 1960 文部省文化財保護委員会文化財功労賞受賞 1962 第5回日展「ああ青春」で文部大臣賞を受賞。日本彫塑会創立委員 1965 日展出品作「光は大空より」で芸術院賞を受賞。千葉県文化功労者表彰 1966 千葉県美術会理事長 1968 群馬県美術会副会長 1969 日展理事 1970 千葉県美術会会長兼理事長、日本彫塑会常任理事。 1973 第28回千葉県国体の記念像「輝く太陽」および記念メダルを制作する 1974 千葉県立美術館協議会委員を委嘱され議長をつとめる。12月30日逝去 1975 勲三等瑞宝賞を授与される |