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ペルセウス座流星群
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![]() 8月13日午前3時の北の空 |
| 夏休みがやってきた。海や山へとキャンプに行かれる方も多いと思う。田舎の澄んだ空気のもとで見る星はまた格別である。8月12日から翌13日未明にかけてペルセウス流星群が極大を迎える。澄んだ星空のもとでは1時間当たり30個から50個ぐらいの流れ星を見ることができる。この流星群は母天体であるスイフト・タットル彗星がその軌道上に撒き散らした塵の中に地球が突入する時に見られる流星群で、流れ星は放射点と呼ばれるペルセウス座とカシオペア座の間の位置から飛んで来るように見られる。流星出現のピークは今年の場合12日の昼間から13日の未明にかけてと考えられるが、放射点の高度が高くなる13日の明け方に近づくほど実際に見える流れ星が多くなると思われる。ただしこの夜には満月前の月齢13の月があり、観測条件としては決してよくない。月明かりを直接見ないように、月を背にして北東の方向を見るとよいだろう。またこの流星群にともなう流れ星は極大の夜だけとは限らず、前後1から2週間は活動期間に当たるので極大夜の天候が悪い時でもあきらめず、前後数日は注目したい。ペルセウス座流星群の特徴は明るく速度の速い、しかも流れた後に痕を残す物が多い、一言でいえば派手な流星群である。 ペルセウス座流星群の歴史は古く、中国では紀元前にそれらしい記録があると言われている。またこの流星群は「セント・ローレンスの涙」と言われている。ローレンスは紀元3世紀の人で、当時異端とされていたキリスト教をアイルランドで布教したため殺された殉教者である。ローレンスが殉教した日が西暦258年8月10日と言われており、毎年この日の前後にペルセウス座流星群の流れ星がたくさん流れるため、ローレンスの悲しみの涙が流れ星になったのだと伝えられている。 母天体の彗星は1862年スイフトとタットルにより発見され彼らの名をとってスイフト・タットル彗星と名付けられている。この彗星の軌道とペルセウス座流星群の軌道が似ていると指摘したのが火星の観測者で知られるイタリアのスキアパレリであり、流れ星の起源が彗星であることを示唆した最初の人である。この年の8月10日日本各地でペルセウス座流星群の大出現が記録されている。渡辺美和・長沢工著『流れ星の文化誌』によると、この日の前日台風が日本列島を駆け抜け、10日夜には台風一過の好天に恵まれ、大陸からの涼しい風が入り、また満月も手伝って多くの人々が澄んだ夜空を眺め、多くの流れ星を目撃したのだろうと推測している。当時の人々の日記の中にもそのようすが記されている。母天体が発見された当時、この彗星の周期は120年と計算されていた。従って120年後の1982年には再び母天体が帰ってくると期待されていたが、予想に反してスイフト・タットル彗星の姿が再発見されることはなかった。しかしその約10年後の1991年には、1時間当たりの出現数が200を超えるペルセウス座流星群の大出現が観測された。翌1992年にも大出現が観測され、にわかに母天体の回帰が期待された。そして1992年9月27日長野県のアマチュア天文家木内鶴彦さんによってスイフト・タットル彗星が再発見された。これによって1991年と1992年の流星の大出現の理由が解明された。1993年にも大出現の可能性があるとマスコミなども取り上げ世間を賑わしたが、実際は通常の出現と変わりなかった。 今年もそのペルセウス座流星群がやってくる。大出現はないにしても毎年安定した出現数を保っている。海や山にレジャーに行かれる方は是非夜空を眺め流れ星を見つけて欲しい。 |
| (向井千秋記念子ども科学館 天文担当 栗田和実) |
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